言わぬが花、知らぬが仏
タロー自身、飼い主、獣医の三者合意のもとに肥満細胞腫の手術はもう行わない、
悪性腫瘍を抱えたまま生きていく!!――いかにも潔くて格好良さげですが、
実はちっとも気持ちの定まらない、情けない飼い主でした。トホホ。
高齢になると、体のあちこちに腫瘍ができることは決して珍しくありません。
脂肪の塊のような良性の場合も多いと言われます。
タローと同年齢で、ご近所のメスのワンコは、腹部に1センチくらいの大きさの腫瘍が複数ありました。
だけど食欲はあり、散歩を渋る素振りもなく、以前と変わらず元気でした。
メスの腹部の腫瘍は、5対ある乳腺に発生した乳腺腫瘍*1のことがほとんどで、避妊手術をしていないメスによく見られる腫瘍の1つだそうです。
良性と悪性とがあり、確率は半々くらいとか。
飼い主さんは「手術はしない」とおっしゃっていました。
そんな話を聞いていたせいか、タローに悪性腫瘍が判明しても、比較的冷静に「手術をしない選択もあり得るんだ」と思えたのかもしれません。
ただ、トホホな婆やは先の飼い主さんと異なり、覚悟ができていなかった。
単に、高揚した気分に酔っていただけでした。
手術からどのくらい経過したでしょうか。たぶん夏になっていたと思います。
耳の付け根に小さなイボを見つけた時、ドキッとしました。
「もしかして……!?」
肥満細胞腫を疑わずにはいられません。しかも、見る見るうちに約5mmサイズまで育ったのです。
もう我慢できなくなり、いつもの動物病院に駆け込みました。
そして新たな腫瘍が悪性か否か、獣医に診断を迫りました。
「以前の悪性腫瘍と場所が近いし、あっという間に大きくなりました。悪性腫瘍だったら、もう手遅れでしょうか?」
一気にまくし立てる私を尻目に、獣医はタローの患部を目視し、いちおう触診も試みた後、私の目を見据えながら口を開きました。
「正しい診断は、やはり病理検査に出してからじゃないと下せません。だけど手術しないと決めたのだから、検査に出さないほうがいいですよ。もしも悪性だったら迷うでしょ?」
ガーン!!
獣医の指摘は、ぺらっぺらっな私の決意をまるで見透かしたようなものでした。
まさにその通りです。もしも悪性腫瘍だと分かったら、私の気持ちは「やっぱ手術をしたほうがいい。早ければ早いほうがいいのでは?」
「いや、少なくとも手術はしないと決めたんだからさ。それとも腫瘍ができるたびに手術するつもり?」と、右往左往したに違いありません。
悪いことか良いことか分からない場合、事実を知らないほうが幸せでいられることって、確かにありますよね。
おそらく獣医が示唆したかったのは、「なまじ事実なんか知らないほうが心は乱されないですよ」ということだったのでしょう。
あるいは飼い主の覚悟が定まっていないと勘づいた以上、「事実を告げることはかえって悩みを増やすだけ」と考えたのかもしれません。
落ち込む私に、獣医がボソッと伝えました。
「うーん。見た限りは、悪い質ではないと思うけど……。難しいところですが」。
耳の付け根にできた腫瘍はさらに大きく成長したものの、やがて崩落して血が滲みました。
それを繰り返しながら、タローは19歳まで生き続けました。
先生、ありがとうございました!!
*1:頭側の乳腺は前脚の脇の下のリンパ節につながり、尾側の乳腺はそけい部のリンパ節につながっているため、悪性の場合はリンパ節や肺への転移がよくみられるそうです。犬自身が腫瘍を気にすることはほとんどなく、健康診断やトリミングで、あるいは飼い主がブラッシングをしている最中に気づくことが多いと言われます。