梨にまつわる彼の記憶② 美味しいでしゅ!!
私の口の中に豊水のジューシーな甘酸っぱい果汁が広がった途端、
タロー爺さんの温もりや毛の手触り、匂い、引いては梨の汁をペチャペチャと飲み干す様子が鮮やかに甦ったのです。
まるで彼が生きかえったような錯覚に見舞われ、幸せな気分になったのだと思います。“至福の涙”って、あるんですね。
果物に含まれるカリウムが腎臓に悪いと知ってから、彼に果物をあげるのは控えていたのですが、
亡くなる年の初秋も、梨だけは食べさせ続けました。
獣医さんも消化に問題がなければ、なんでも食べさせていいと。
そうだよね、なんせ19歳だもんね。大好きな梨を我慢させたところで、どれほど寿命が延びるのでしょうか――?
ただ固形食が食べられなくなったので、果実のままあげるのはさすがに憚られ、すりおろして絞った果汁をあげました。
シャリシャリした歯ごたえを味わってもらえないのは残念ですけど。
ご飯を食べさせるときと同様に、彼を背後から抱きかかえ、容器を彼の顔に近づけます。すると勢いよく舐め始めるのでした。
「美味しいでしゅ!!」。
背中越しに、彼が喜んでいるのが感じられます。
若い頃、好物をもらうといつもそうしたように、今もきっと舌なめずりして、満足げな表情を浮かべている。
私からタローの顔は見えないけれど、そう確信できました。
もちろん私も嬉しくて、獣医さんに「飼い主冥利につきる」と話した記憶があります。
「タロー君は梨がそんなに好きなんだ」
「そうなんですよ! 顔が似ているとはよく言われますが、好きな果物も同じなんですから」。
はい、“親バカ気分”も十分に味わわせていただきました。